元三大師 良源がんさんだいし りょうげん

平安京のダークヒーロー。

桓武天皇が平安京を造営したとき、当時の自然化科学であった風水理論上、 京都は理想の土地であったがひとつだけ不安があったという。
それは丑寅の方角に比叡山がそびえていたこと。
丑寅すなわち北東の方角は鬼がやって来る不吉な方角「鬼門」とよばれ忌まれていた。 (ちなみに鬼は丑寅の方角からやってくるから牛の角を生やし、虎の腰巻をしているという説もある)

この比叡山から鬼が降りてくる。
それを恐れた桓武天皇は比叡山に鬼門封じの寺院を建立した。
これが比叡山延暦寺である。

平安京造営以来、都の鬼門を封印してきた延暦寺だが、度重なる火災で建物が焼失し、 僧達も修行を怠って荒廃していた時期があった。
鬼門封じの延暦寺が滅びることは、すなわち都への鬼の侵入を許すことになる。
そんな時、延暦寺の座主となり、焼失した建物を再建し、僧たちの綱紀粛正に努め、延暦寺を見事再興させ、再び鬼門を封じた高僧がいた。
元旦の三日に亡くなったので、元三大師と呼ばれ、おみくじの創始者とも言われる大僧正、良源である。
その功績から比叡山中興の祖として崇められる名僧であるが、実は彼にはそれとは別にもうひとつの顔があった。

ある時、都で疫病が猛威を振るっていたとき、良源は都の人々を救うため、弟子たちを集めて巨大な鏡を用意させ、その前で瞑想を行った。
すると鏡に映る良源の姿が真っ黒な骨だらけの鬼になり、弟子たちを戦慄させたが、 良源はひとりの弟子に命じてその姿を紙に描き写させて、護符を作らせ、 それを各家の戸口に貼らせると疫病神たちはその恐ろしい姿に恐れをなして逃げ去ったという。
邪悪なモノを退散させる為に自ら魔人と化したこの聖人は今も比叡山延暦寺の元三大師廟に眠っている。

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