元来、人ならざる鬼神の類は常人の目に見えぬモノとされております。

しかし、無いもの欲するは人間の性で御座いましょうか、無いはずの彼らの姿を描いた画は古より多く伝わっております。

これここにある一巻の絵巻「道治(どうじ)妖怪絵巻」にも、世に“妖怪”と呼ばれる異形のモノどもの妖しき姿が納められております。

今これより、絵師道治が描いたそのあやかしの絵巻を紐解き、皆様を現実と虚構の境界に遊ぶ妖怪たちの世界へお連れ致しましょう。


「道治妖怪絵巻」 巻の壱


河童(かっぱ)
河童は全身緑色にして、背に甲羅を負い、頭上に皿を頂いて、そこに活力の源である水を蓄え、キュウリと相撲をこよなく好む水辺の妖怪で御座います。
通りかかった人や牛馬を水中に引きずり込み、肛門から手を入れて尻子玉を引き抜き喰らうという凶暴な性質で御座いますが、
人々に得意の相撲を挑む時、人間が礼をするとつられて頭を下げてしまい、
皿に蓄えてある水をこぼしてその場にへたりこんでしまうというのが悲しい妖怪の性(さが)で御座います。
一説によるとこの妖怪は元々川の神であり、その川の神への捧げ物がキュウリであり、奉納された神事が相撲であったといいます。



竹伐狸(たけきりだぬき)
世に言う怪異というのはたいていの場合視覚に訴えるものではなく、気配や音を伴うもので御座います。
誰も居ないはずの夜の竹やぶで竹の小枝をチョンチョン伐る音がする。
そしてギイギイと根元を伐る音が響き、しまいには竹が切り倒される音がして、音のする場所を見ても倒れた竹はどこにも御座いません。
京都府南桑田郡保津村大年(亀岡市)で起きたこの怪異は、竹伐狸という化け狸の仕業であるとされますが、その姿を見た物はおりません。
つまりは、音だけの怪異が、いつしか気配を生み、姿を生み、竹伐狸という名を得て妖怪変化の仲間入りをした訳で御座います。
ちなみに人心を惑わす狐狸の類は、人間の眉毛の本数を瞬時に数え上げて化かすといいます。
だから眉毛にツバを塗って濡らすと本数を数えられなくなり化かすことが出来ない。
そこから転じて狐狸のまやかしのように胡散臭い代物をまゆつば物と言うそうで。



手目(てのめ)
視界が黒く塗りつぶされたが如き漆黒の闇をご存知で御座いましょうか。
視覚が失われた者は、触覚を頼りに行く先を手探りしながら暗黒の中を進みます。
まるで前に突き出された手に目があるが如く。
昔、京都七条河原の墓場には化け物が出るという噂がありました。
そして、それを聞きつけて肝試しに訪れた若者は、そこに見てはいけないモノを見たので御座います。
暗闇の中を手探りで歩いている齢八十ほどの老人、おおよそ夜の墓場にいるはずのないその老人の手のひらには目がついて、
ぎろり、
若者の姿を見つけるやいなや、凄まじい速さで迫ってきたので御座います。
若者は一目散に逃げ出して近くの寺に逃げ込み、僧侶に助けを求めましたが、
暗闇に光るその老人の手の目は、若者を見逃さなかったので御座います。
しばらくして僧侶が若者の様子を見に行くと、骨肉を喰われて皮だけになった若者の死体があったといいます。

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