百鬼夜行と一条通り
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百鬼夜行とは

「百鬼夜行」とは、呼んで字の如く、多くの異形の鬼(妖怪)たちが夜中に徒党を組んで行進する現象を言います。
主に平安時代の京都で起こったとされるもので、この怪異が起こりやすい「夜行日」なるものがあるとも考えられていました。当時の貴族たちは鬼の群れに出会わないために陰陽師に相談し、夜行日の夜には外出するのを避けたり、やむを得ず外出する際は魔除けの護符を持ち歩いたそうです。

そもそも、日本の鬼は姿の見えぬモノを意味する「隠(おん)」が訛って「おに」になり、それに中国で霊や魂を意味する文字「鬼(グイ)」を当て嵌めたのが起源といわれております。(参考:『日本妖怪大事典』村上健司著)
従って、姿の見えない「鬼」たちの行列であった百鬼夜行は本来、姿が見えないはずなのですが、彼らの行進の姿を目に見える形で描いた絵画作品は何種類か伝わっています。
その中でも、現存する最も古い作品であり、最も有名な作品が大徳寺真珠庵所蔵の『百鬼夜行絵巻』で、室町時代の絵師・土佐光信の筆と伝えられていますが、土佐派(昔の日本画の流派)の絵師たちによって同系の絵柄が繰り返し模写されてきました。

この百鬼夜行絵巻の大きな特徴は、古道具が変化した妖怪「付喪神(つくもがみ)」が主役になっていることです。

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