百鬼夜行と一条通り
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百鬼夜行の通り道

『付喪神絵巻』には、人々に打ち捨てられ「船岡山の後、長坂の奥」にこもった付喪神たちの物語が描かれています。前述したように絵巻の成立は室町時代とされていますが、物語の時代設定は平安時代中期となっているようです。
そこには、付喪神たちが変化大明神という自分たちの神様を祀り、祭礼と称して夜更けに徒党を組んで西から東へと練り歩いたとの記述があます。
つまりこれは古道具の妖怪、付喪神たちの百鬼夜行であったのです。
そして、この付喪神たちの百鬼夜行のコースが、ここ一条通りであったとの記述があります。

そして、その一条通り近隣には古道具を転売していた北野天満宮があり、そこから少し北上すると「百鬼夜行絵巻」を所蔵する大徳寺船岡山が存在しています。
なぜかこの界隈には付喪神にまつわる様々なスポットが点在しています。

ちなみに、真珠庵系の百鬼夜行絵巻と付喪神絵巻との関連について、近年、未だ定説には至っていないものの、田中貴子さんが著書『百鬼夜行の見える都市』の中で、「百鬼夜行絵巻」は「付喪神絵巻」中の変化大明神の祭礼行列を描き出したものではないかとの論考を発表されています。

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